メモ

1≫ 哲学通論a

philosophyの語源はラテン語のphilosophiaである。この単語は紀元前六世紀にイオニア地方で誕生した。ということからわかることは、哲学というのは自然界に元々存在していたものではなく、誰かが意図的に作りだしたということだ。
philoは「愛する」sophyは「智」をそれぞれ意味している。つまり、哲学の原義は「愛智」ということになる。となると、philosophyの訳語である哲学という言葉には「愛する」という意味が欠如している。明治期、西周という学者が唯一このphilosophyを「希哲学」と訳した。知恵の希求。これなら意味は通るだろう。
ところで、哲学の面白さとは端的に述べて何だろうか。私は突き詰めても答えが見えてこないものを求める快感だと答える。
→「答えが見えてこない」
→それを突き詰めるその行為には、もちろん「答えを知らない」ということが前提にある。そこなのである。何かを学ぼうという時には、当然そこに前提として「それを知らない」という認識が現前しているのである。科学を学びたいという人間は「自分は科学を知らない」と思っているから科学を学ぼうとする。同じくして、哲学を学ぼうとする者も自分に「知恵がない」ということを知っているから哲学を通してその智を求める。すなわち、哲学者には常に欠如の意識がある。その無いもの、これを認識し、求めんとする―これが哲学である。これを言い換えれば、哲学をするということそのものにすでに智への愛が前提とされている。それは言葉に表すまでもない。ゆえに明治期の学者はphilosophyを「哲学」と訳したのである。これが、哲学者の前提条件である。

さて、哲学の最終到達点は何だろうか。それは「真理」に他ならない。この「真理」をまた言語学的に分析してみよう。ラテン語のaletheiaが原語だ。これを分析すると、a(否定)letheia(忘却)となる。つまり「忘れていない」という状態である。そう、ギリシア人は真理を「忘れていない」という二重否定によってしか表し得なかった。そこにはギリシア人の真理に対する畏敬の念が読み取れる。当時ギリシア人は真理は神の手中にあると考えていた。これから哲学者となる人間はやはり同じくして、これから見えるかもしれない真理=忘れていないものについて、恐怖も持ち合わせていなければならないということだ。
ところで実際哲学は何をすることを意味するのだろうか。諸科学はみな扱う領域がはっきりしている。一方哲学は違う。何ら専門的知識を要求せずして、普遍的にありとあらゆるものを研究するものなのである。では、その研究とは何か。領域をもたない哲学がどのような作業をしているのか。そのヒントが、「臆断」と「知識」の違いである。哲学者にとって
知識を希求する全ての人間にとって、最も恐ろしいのは臆断である。この臆断、すなわち、最も悪質且つ驚異的な無知を知識から区別する作業、これこそが哲学であるとされている。哲学というのは皮肉なもので、知恵を求めるために自らが持つ知恵そのものに批判的にならなければならない。自らが愛してやまないもののために、自らのそれを懐疑しなければならないのである。知と無知の違いを区別する基準も、方法も、絶対的には存在しない。その存在や基準を探求する学問が哲学というものなのである。




2≫ 西洋思想

⑴ 図と地の関係

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ルビンの壺を例に取れば、二人の人間が“図”として機能するため壺を見ることができる。つまり、図が図として成立するには絶対的且つ必然的に、地が必要になってくる。日々接しているものを見るとき、我々は常に図を見ていると言える。ここから一度視点を外し今一度地を見てみんとするのが哲学の作業である。

まず、「解釈」には「既知」が前提になっている。たとえば、近親相姦中の兄妹を見るとして興奮を覚える者がいるのはなぜか。それはそれが「背徳的なこと」であるという既知の前提があるからである。我々は何かを見るとき、必ず何か前提がある。近親相姦の兄妹も、それを全く知らない文化からしてみればただの2つの図に過ぎない。
ここで、ヨハネス・ケプラーの英文を参照してみるとする。

Let us consider Johannes Kepler: imagine him on a hill watching the dawn. With him is Tycho Brahe. Kepler regarded the sun as fixed: it was the earth that moved. But Tycho followed Ptolemy and Aristotle in this much at least: the earth was fixed and all other celestial bodies moved around it. Do Kepler and Tycho see the same thing in the east at dawn ? [...] “Do Kepler and Tycho see the same thing in the east at dawn ?” is [...] rather the beginning of an examination of the concepts of seeing and observation. [...] theories and interpretations are ‘there’ in the seeing from the outset. [...] the microscopist sees coelenterate mesoglea, his new student sees only a gooey, formless stuff. Tycho and Simplicius see a mobile sun, Kepler and Galileo see a static sun (Norwood R. Hanson, Patterns of Discovery: An Inquiry into the Conceptual Foundations of Science, Cambridge: Cambridge University Press, 1958, pp. 5-17). 

これはカントの純粋理性批判という書物に出ている英文である。要約すると地動説と天動説について書かれているのだが、ここから、同じものを見るということが前提次第では不可能であるということがわかる。つまり物は物との関係性の中で成立する。事物は現実を前提に、対象は自己を前提に成立している。哲学の対象は現実や世界、自己といった前提のものである。


哲学者ハイデガーは学問をこう分けた。
存在的学問―存在のあり方やある姿を論ずる学問
存在論的学問―存在そのものを論ずる学問
哲学はこの存在的学問に分類される。
さて、哲学で扱われるそういった前提や原理や基準といったもの。その特徴が、2つある。
1つは、先行性
もう1つは、匿名性
先回りして多くの解釈を規定するのが先行性である。つまり、すでに見方が規定されている。匿名性というのはその先回りが無自覚のうちに行われるということ。ゆえに、哲学は対象を語り得ない。「原理」を探求すると言ってしまうと、そこでもう先回りが為されていることになる。なぜなら原理というものが見られるのは、原理という認識の先回りがされているからである。

⑵ 哲学の歴史
哲学の歴史概略で、ほぼ一番最初に出てくる人物がいる。それは自然哲学者のタレスである。しかしここには穴があり、実はタレスは自分のことを哲学者だとは思っていなかった。彼らは自分の営みのことをヒストリユー(探求)と呼んでいた。
では、哲学という用語を最初に用いたのは誰か。そこでソクラテスが出てくる。知っての通り、ソクラテスは「無知の知」などと語り始めてソフィストの反感を買い死刑になってしまう。当然プラトンアリストテレスはこれを不服に思った。ゆえに、ソフィスト諸君とソクラテスの学問を区別したかったわけである。そこで、哲学という学問を出していくことになる。それまではソフィストには今あるような「詭弁」といった意味は無く、特定のニーズに応える知識人を意味していた。しかし哲学は知識人を差別化した。だが哲学が正当な学問であることを立証するにはどうしても歴史が必要になる。そこでアリストテレスは恣意的にタレスを学問のスタートラインとしたのである。そうすると科学者が自らを昔は「哲学者」と呼んでいた仕組みも理解ができる。要するに、学問とは後から設定され歴史として創られていくものなのである。
自分を正当化していくなかで排斥されていったソフィストが誕生した背景のニーズを勉強して哲学第三は終わる。ソフィスト誕生の背景には貴族制度から民主制度への移行がある。そこで議会政治となり、弁論術や徳が必要になっていった。ソフィストは徳を教えることを求められ、その徳とは彼らが設定したというよりは、国や社会が認める徳だった。徳を研究するのではなく、規定された徳を伝える。それがソフィストの役割だったのだ。ソフィストに重要だったのは徳を伝える方法であって徳そのものではない。しかしその徳自体は時代によって変化していくため、ソクラテスは徳そのものを問題にしたわけだ。
さて、ハイデガーは前述の通り学問を2通りに分けた。存在的学問がソフィストで、存在論的学問がソクラテスと言える。要するに、哲学誕生にも皮肉ながら「原理」とか「前提」が存在しているということになる。哲学する、ということは哲学自らが批判する「独断」を背景とした学問に入っていくという、切なげな作業であるということを述べてまとめとする。