東京 ⑴

東京の夏はひどく蒸し暑かった。吹いてくる風はちっとも涼しくない。もわっと湿気を帯びた空気の塊が、汗をかいて濡れた肌を嫌な感じで撫でていく。立っているだけで汗がにじんでくるのがわかる。そんな熱暑のなか、私は少し緊張した面持ちで東京駅を目指した。

その日は午前中から外務省と大使館を駆け回った。パスポートの更新と、大学の入学時に必要な書類にアポスティーユなる証明書をもらうための申請に。待ち合わせの時間は午後1時半になっていたけれど、待たせるのも嫌だし、できるだけはやく着きたいという一心で気持ちが焦った。長引く申請の手続きに内心苛々しながらようやくすべての用事を済ませると、午後1時20分、私は東京メトロの丸の内線に飛び乗った。国会議事堂前から東京駅まで約6分。その時間がやけに長く感じて、一駅一駅と東京に近づくにつれて緊張の度合いも強くなり、やっと着いたときにはもう、半分帰りたいような気持ちになってしまっていた。
待ち合わせの場所は東京駅のKITTEという店の中にある、吹き抜けになったところ。でもどこを探しても見当たらなくて、どうやら私は地下1階を彷徨っていたようだった。本来の待ち合わせ場所は1階であることが分かって、エスカレーターに乗って地上にあがると、そこにゆれるさんは立っていた。上から下まで真っ白い服を着ていて、赤いトランクが目を引いた。四年くらい前からの顔見知りだし、電話をしたこともあるしお手紙のやり取りをしたことだってあるのに、そこにゆれるさんがいることがなんだか信じられなくて、恐る恐る近づいて話しかけた。近くで見るゆれるさんは目がすっごく大きくて、その大きな目から生えた長い下睫毛はピンク色に塗られていた。顔と顔を見合わせて話すと、その大きな瞳に飲み込まれるような心地がした。

ゆれるさんとは高円寺へ。私の中で東京というと、原宿とか渋谷とか浅草とかそういうメジャーなところよりも、たぶんネットのサブカルな人たちのせいなんだけど、高円寺のイメージが強くて、一度高円寺に行ってみたいと思っていたので案内してもらえて良かった。お昼は適当に入ったお店でランチのチキンソテーを。丸ごと焼いてある玉ねぎのグリルがとても美味しかった。高円寺にある服はどれを取っても私の住む町にはないものばかりで心が踊った。次にくる時には50万円くらい持ってきて東京で散財したいと思った。化粧品も服も人もみんな、東京色だった。

服を見たあとは新宿へ向かい、喫茶店でお茶をしながら話をした。ゆれるさんが吸う煙草の煙をずっと見ていた。

あっという間にお別れの時間になり、喫茶店を出た。ゆれるさんは新宿駅の人混みの中にみつさんと消えた。私は原宿へ向かった。